東京高等裁判所 平成4年(ネ)967号 判決 1992年12月15日
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実及び理由
第一 当事者の求めた裁判
一 控訴人
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人は、控訴人が株式会社松北園茶店(以下「松北園」という。)の普通額面株式一二万一〇〇〇株(以下「本件各株式」という。)の株主であることを確認する。
3 訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。
二 被控訴人
主文と同旨
第二 事案の概要
一 当事者間に争いのない事実
1 控訴人は、従前、本件各株式を保有していた。
2 控訴人の代表者杉本貞雄は、平成二年一月一八日、被控訴人に対し、本件各株式を代金七九八六万円で譲渡した(以下「本件株式譲渡」という。)。
3 杉本貞雄は、現在、松北園の代表取締役である。
二 争点に関する当事者の主張
1 控訴人
以下の理由により、本件株式譲渡は無効である。
(一) 定款違反
控訴人の定款二二条によると、取締役社長は取締役会の決議に基づき会社諸般の業務を執行するものと定められている。保有株式の譲渡行為は、通常の取引行為ではなく、会社諸般の業務に該当し、取締役会の決議を必要とする。過去の保有株式の譲渡は、取締役会の議決に基づき行われた。ところが、本件株式譲渡は、取締役会の決議を経ないでなされたものであり、定款に反するものとして無効である。
(二) 商法二六〇条二項違反
松北園は、昭和一〇年に設立された老舗であり、三越百貨店とも取引のある有力企業であるから、その株価は大きくならざるを得ない。また、松北園は、本件株式譲渡時において控訴人の発行済株式の二六・一六パーセントを有する筆頭株主であったのであり、他方、本件各株式は、松北園の発行済株式の七・五六パーセントを占めるものであった。以上によると、本件各株式は商法二六〇条二項一号の「重要ナル財産」に該当するというべきである。
そして、被控訴人は、杉本貞雄から要請されて本件株式譲渡を受けたものであるから、その事情をよく知っていたものである。
したがって、取締役会の議決を経ていない本件株式譲渡は、商法二六〇条二項に反し無効である。
(三) 代表権の濫用
杉本貞雄は、平成二年一月一九日の控訴人の取締役会において代表取締役を解任される直前に、松北園における自己の支配権を確立するために本件株式譲渡を行ったものであり、被控訴人もその事情を知っていたものと認められるから、本件株式譲渡は、代表取締役の権限の濫用として無効である。
2 被控訴人
控訴人の主張はいずれも争う。被控訴人の反論は以下のとおりである。
(一) 定款違反について
控訴人の定款二二条は、取締役会の権限を定める商法二六〇条一項と同様の趣旨を定めたものにすぎず、取締役会の要決議事項を定めた規定ではない。要決議事項を定めた規定であるとすれば、すべての業務執行事項に取締役会の決議を必要とすることになり、会社の業務執行は事実上頓挫する。
(二) 商法二六〇条二項違反について
仮に控訴人主張のような事実があるとしても、本件各株式が「重要ナル財産」に該当するとはいえない。
(三) 代表権の濫用について
仮に控訴人主張のような意図で本件株式譲渡がなされたとしても、それのみで代表権の濫用ということはできず、本件株式譲渡によって控訴人にいかなる損害が生じたのかが明らかにされなければ論議の余地はないというべきである。本件株式譲渡は、簿価以上の価格で行われたものであり、控訴人には何らの損害も生じていないのであるから、代表権の濫用はない。
第三 証拠関係(省略)
第四 争点に対する判断
一 証拠(甲一、二、八ないし一四、一八ないし二〇、乙一、二の1、2、当審における証人杉本貞雄及び被控訴人本人)によると、以下の事実が認められる。
1 控訴人は、ショッピングセンター等の経営を目的とするものであって、平成元年二月末日現在、資本金は一億六七〇〇万円、資産合計は四七億八六四〇万円余であり、もともと京都の杉本家によって設立され支配されてきたものであるが、杉本家と経営陣との間で内紛が生じ、平成元年九月一九日の臨時株主総会において、新たに杉本家側の杉本貞雄ら五名が取締役に選任され、引き続いて開催された取締役会において、新たに杉本貞雄ら二名が代表取締役に選任された。そして、同年一二月一日の取締役会において、右経営陣に属する代表取締役社長池田二郎が解任され、杉本貞雄が代表取締役社長に選任された。なお、平成元年二月末日現在、控訴人の発行済株式のうち、杉本家(杉本郁太郎)が六・八九パーセントを、松北園が一七・八六パーセントを保有しており、平成二年二月末日現在では、杉本家(杉本秀太郎)が八・九五パーセントを、松北園が二六・一六パーセントを保有していた。
杉本貞雄は、杉本家の親戚に当たり、松北園の代表取締役として同社を経営していたものであるが、控訴人の代表取締役社長に選任された後は、控訴人の経営にも当たるようになった。
その後、杉本家と右経営陣との間で和解が成立し、平成二年一月一九日の取締役会において、代表取締役杉本貞雄が解任され、池田二郎が代表取締役に選任された。
2 松北園は、茶の製造販売等を営み、三越百貨店その他全国の一般小売店との取引を行っているものであるが、発行済株式一六〇万株のうち、杉本貞雄及びその家族によって保有されている株式数の割合は八〇パーセントに達している。
本件各株式は、かつて杉本郁太郎が保有していたものであり、控訴人は右郁太郎から買い受けたものである。松北園の発行済株式の七・五六パーセントに当たる。
松北園と控訴人との間に商品の取引はなく、松北園の株主総会に控訴人が出席したりしたこともない。控訴人の八七期(昭和六三年三月一日から平成元年二月二八日まで)の営業報告書には、本件各株式の期末現在高として七八〇〇万円(一株約六四五円)の帳簿価格が計上されていた。
昭和六一年ころに松北園の株式が譲渡された実例があるが、その際の価格は一株三〇〇円であった。なお、松北園の株式については、昭和六三年、平成元年に、額面五〇円に対する一割配当が行われた。
3 被控訴人は、茶の販売等を目的とする株式会社堀田勝太郎商店を経営しており、杉本貞雄とは旧知の間柄であり、右会社と松北園の取引も長年続いていた。
杉本貞雄は、本件各株式がもともと杉本家の保有していたものであり、利回りもさしてよくなかったので、これを処分して資産を調達した方が当時の控訴人の財務状況から適当であると考え、被控訴人に対し、本件各株式を買い取ってくれるように依頼した。被控訴人は、本件各株式を取得すれば松北園とより緊密な関係ができ株式会社堀田勝太郎商店の経営にとって有利になると判断し、本件各株式を七九八六万円(一株六六〇円)で買い受けることとし、右代金については、金融機関から融資を受けて、控訴人に振込送金した。
4 控訴人の定款二二条一項は、「取締役会長は会社の業務を統轄し、取締役社長は、取締役会の決議にもとづき会社諸般の業務を執行し、取締役会長の業務執行を補佐する。」と定めている。
昭和六三年六月一五日、控訴人の取締役会において、控訴人保有の他社の株式を譲渡することについて、これを承認する旨の決議がなされたことがある。もっとも、その際は額面五〇円による株式譲渡であった。
二 右認定事実に基づき、以下検討する。
1 控訴人の定款二二条一項は、その文理からして、代表取締役の権限の行使を具体的に制限し、本件株式譲渡のような行為について、取締役会の議決を必要とする旨を定めたものと解することは困難である。
もっとも、控訴人においては、昭和六三年六月に保有株式の譲渡につき取締役会が承認の決議をしたことがあるけれども、右が額面の価格による譲渡であったことなどに照らすと、定款二二条一項の規定があるからというより、他の理由から取締役会の決議がなされたものとみるのが相当であるから、右取締役会の決議があるからといって、保有株式の譲渡につき取締役会の議決を必要とするとはいえない。
2 本件各株式は、控訴人の帳簿価格によると七八〇〇万円であり、控訴人にとって価格的には相当な財産であるといえるが、他方、控訴人は、本件各株式によって松北園から配当を受領していただけであって、控訴人の営業を維持発展させるためにどうしても保有しなければならない財産であるとまで認めることはできず、本件各株式を売却してもその代価を取得できることや本件各株式の帳簿価格と控訴人の資産額との対比などをあわせ考えると、本件株式譲渡をもって商法二六〇条二項一号の「重要ナル財産ノ処分」ということはできない。
3 杉本貞雄が旧知の間柄にある被控訴人に本件各株式を譲渡した事情は前記認定のとおりであり、この譲渡によって松北園に対する自己の支配をより完全なものにしなければならないような事情が当時あったと認めるに足りる証拠はまったくないことに照らすと、右支配権確立の意図から本件株式譲渡をしたものと推認することはできない。そして、他に右譲渡が控訴人の利益を不当に害する目的で行われ、又はこれによって控訴人に経済的損害を与えたとは認め難いから、本件株式譲渡をもって代表権の濫用ということはできない。
三 以上によると、本件株式譲渡行為を無効ということはできないから、控訴人は、本件各株式の株主の地位にはない。
第五 結論
よって、原判決は相当であるから、本件控訴を棄却することとし、主文のとおり判決する。